貴女に魔王の花束を



　暗虚吠(ヴォイド・ブレス)を吐きながら、数匹の魔王竜（デイモス・ドラゴン）が硬い氷の上を動き回っている。並みの魔力では一頭操ることも難しいその竜たちを５頭指揮しながら、魔族は作業の進展を見守っていた。
　本来なら一息で街一つ消し去る暗虚吠(ヴォイド・ブレス)。しかし、この特別なカタートの氷にとっては、冷たい窓ガラスに吐きかける冬のため息ほどの威力もない。それでも、辛抱強い作業で、氷にはかなり大きな穴が穿たれていた。
　魔族は、空中でぱちんと指を鳴らした。
「ご苦労様でした。ここからは僕がやります。デリケートな作業ですからね」
　魔王竜たちは消え去り、魔族は氷の上に降り立ち、透けて見える繊細な男の顔を眺めた。

　ルーク＝シャブラニグドゥを滅ぼしてから、リナたちは数奇な運命に導かれるままに、次々にシャブラニグドゥの分身とめぐり合った。そして倒していった。
「『ライゼール＝シャブラニグドゥ』はすごかったわね」
「何しろ、街一つがまるごと魔王の化身なんだもんな」
「辛い戦いだったわ」
　リナはため息をつく。
「『リアン＝シャブラニグドゥ』はすごかったわね」
「何しろ、まだ３歳、しかも女の子が魔王の化身なんだもんな」
「辛い戦いだったわ」
　リナはため息をつく。
「『ロレーム＝シャブラニグドゥ』はすごかったわね」
「何しろ、真っ白でふくふくしたウサギが魔王の化身なんだもんな。ま、赤眼だけど」
「辛い戦いだったわ」
　リナはため息をつく。
「『ルイル＝シャブラニグドゥ』はすごかったわね」
「何しろ、真っ黒でぬるぬるしたウナギが魔王の化身なんだもんな」
「掴みづらい戦いだったわ」
　思い出に浸るリナとガウリイを眺めていたゼルガディスが指を折って数える。
「……と、ルークと、レゾ。おいリナ、旦那。あと、この世界に残っているシャブラニグドゥの分かたれた身体は一体だけなんだな」
「そういうことになるわね」
　リナは少し微笑む。
「レイ=マグナス=シャブラニグドゥ──竜破斬（ドラグ＝スレイブ）を編み出した偉大なる魔導士にして魔王。もし戦うことになったら、と思うとぞっとするわね」
　そして、深紅の視線をちら、と向ける。
「どうなの？　ゼロス。あなたたちの魔王の６体までも滅ぼしてしまって、魔族の“上の方々”は、まだ黙ってるの？」
　ゼロスは、ただ指を一本立てる。
「──秘密、か……」
　リナはつまらなそうに、香茶を一口すすった。

「この季節になると、ゼロスの肌は冷たいね」
　身体を離すと、リナは裸のまま毛布に包まりこんだ。ゼロスは一瞬のうちに元通りの服を身につけ、窓辺に座る。
「ね、昼間のあれ、教えてよ。魔族は何か対策を立ててるの？」
「あのですね」
　ゼロスは苦笑する。
「ルビーアイ様の分かたれた身体を６体も滅ぼした貴女は、僕達魔族にとって超Ａ級の危険人物です。うかつにこちらの情報を漏らせるわけがないでしょう」
「そんなこと言って」
　リナは月明かりに赤い瞳を光らせる。
「こういうことは、平気でするんだ」
「それはそれ、これはこれ、ですから」
「あたしのこと殺せ、って、獣王に言われたら──殺す？」
　ゼロスはしばらく黙る。そして、ゆっくり口を開く。
「わかりません」
「うん。嘘はつけないあんただから、そう言うと思った。ねえ……」
　リナは、冷たい枕に顔をうずめる。くぐもった声。
「出来るだけ長く、こうしていたいね」


　カタートの永久氷壁。ぎりぎりまで薄く削り取られた、眠る男を封じ込めた氷。魔族は黒い、細い錐で最後の一撃を加える。氷が澄んだ音を立てて割れ、赤い、長い髪をした威厳ある男がゆっくりと目を開く。
「お前──は」
　魔族は、恭しくひざまずく。
「獣王ゼラス＝メタリオムの神官（プリースト）、ゼロスと申します。お見知りおきを」

　髪に、肌にまといつくきらきら光る氷晶を振り落としながら、赤い髪、赤い瞳の男──レイ＝マグナス＝シャブラニグドゥは立ち上がる。
「私を、なぜ目覚めさせた」
「時が終局に近づいているからです」
「と、いうと？」
「赤眼の魔王（ルビーアイ）様」
　ゼロスは、錫杖をぐっと握り締める。
「ルビーアイ様の分かたれた七つの身体……そのうちの六体はすでに滅びました。そして、貴方様の腹心であった魔竜王と冥王もすでに亡く。魔族は終わりのときを迎えています」
　赤眼の魔王の手がすばやく動き、ゼロスの錫杖を取って、したたかにゼロスの頭を打ち据えた。
「！……っつつつ……」
　自らの魔王に殴られ、ゼロスはよろよろと後ろに下がる。
「ル、ルビーアイ様、何を……」
「私がここに封じられている間に、ずいぶんとへぼくなってくれたものだな、我がしもべたちよ。とりあえず、腹が立ったから、お前を殴った」
「とりあえずって……」
「とりあえず、か。そうだな。とりあえず──腹が減った」
「はあ」
　ゼロスは投げ捨てられた錫杖を拾い、ひざまずきなおす。と、再び錫杖が奪われ、頭を打ち据えられる。
「気の利かんやつだな。腹が減った、と私が言っているのだ。何か用意しろ」
「そ、そうですね。あの、ルビーアイ様は一体どのような食べ物をお好みで」
「肉だな。さしあたって、よく焼けた脂の乗ったさっぱりとしていてしつこくなくジューシィな肉が食べたい」
「肉、ですか。人間の里に降りますか」
「いや。ここは竜の峰（ドラゴンズ・ピーク）に近いのだろう？」
「ええ」
「黄金竜（ゴールド・ドラゴン）の丸焼きなどいいな。あれは皮がぱりっとして肉がほろりとして、軟骨がこりこり……」
「わかりました。一頭捕まえてきます」
　ゼロスは、味の薀蓄を語り続ける魔王を残して空間を渡った。

　尻尾を捕まえていけどりにした黄金竜を連れて、ゼロスは魔王の元へ戻った。
「遅い。３０は数えたぞ。さあ、焼いてくれ」
「僕が焼くんですか」
「他に誰がいる。さあ」
「あの」
「さっさとしろ。もう一度殴られたいのか」
　ゼロスは、恐る恐る黄金竜に手を伸ばした。黒い炎が竜を包み込む。炎は竜の身体を蝕み、肉はゼリーのように溶けていった。
「や……焼けました」
　ガンッ。錫杖にはめ込んだ宝石が取れそうなほどに殴られる。
「私をおちょくっているのか」
「まさか。ただ、僕は滅びの炎しか出せないので」
「なぜ先に言わない」
「言う機会を」
　ガンッ。
　魔王は赤い髪をかきあげる。
「焼くのは私がやろう。もう一匹黄金竜を捕まえて来い」
　ゼロスは、魔王の怒りを精神体にびりびりと感じながら
「わかりました」
とだけ言って、空間を渡った。

「ゼロス。一体ここで何をしている」
一際威厳のある黄金竜が、ゼロスの前に立ちはだかった。
「これはこれは。ミルガズィアさん」
「忌まわしい、その姿……何かはかりごとか。それとも、降魔戦争の再来を、やらかすつもりか」
　ミルガズィアの金の翼にみなぎる殺気。ゼロスは、慌てて答える。
「いえ、そんな物騒な用事ではないんです。ただ、一頭の」
「一頭の？」
「若い、脂ののった、おいしそうな」
「……」
「そんな黄金竜を分けていただきたいと思いまして」
　ミルガズィアは問答無用で攻撃を仕掛けてきた。老練な戦士。ゼロスにとって脅威となる相手ではないが……ないが、食事を持っていくのが遅れると、魔王はまた彼を殴りつけるかもしれない。ゼロスは空間を飛び回って攻撃をかわしながら、若い竜のしっぽを握って姿を消した。

「遅い」
「すみませんすみませんすみませんっ」
「……まあいい。うまそうな黄金竜だな。暴爆呪（ブラスト・ボム）」
　しっぽを跳ね回らせていた黄金竜は、ケシ炭となって消え去った。
「焼きすぎたか。おい、ゼロス。もう一頭連れて来い」
「ま、またですか」
「何か不満があるなら聞くが？」
　魔王の手に、ゼロスの錫杖ではない見慣れぬ杖があるのを、ゼロスは見出した。あれは確か、伝説の武器──餓骨杖。
「何もお前の杖を使わなくとも、私には私の武器があったのだったな。さっき呼び寄せた。……で？　まだ竜を捕りに行かないのか？」
「はい、行かせて頂きます」
　正直、疲れ果てていた。

　ミルガズィアとの攻防をしのいで、なんとかもう一頭若い竜を生け捕りにする。氷の表面にこつこつと餓骨杖を鳴らしながら、魔王は彼を待っていた。
「今度はこれで行こう。火炎球（ファイアー・ボール）」
　若い竜は悲鳴を上げ、氷原に香ばしい匂いが漂った。
「よさそうだな。おい、ナイフとフォーク」
「はいはい」
「態度の悪いパシリは好かんな」
「はいっ！」
　ゼロスは空間に手を差し伸べ、銀のナイフとフォークを取り出す。魔王は満足そうに、それを手にして黄金竜に近寄った。ナイフを刺し込むと、透明な肉汁がしたたる。
「悪くはないが……生焼けだな。あれを使うべきだった。呪符（タリスマン）……おい、獣神官！　私のタリスマンはどうした。確か腕と首と腰に」
「お忘れですか、ルビーアイ様。あれは我があるじ、ゼラス＝メタリオムに下賜されたではありませんか」
「あ……あーあー、そうだったな。こんど、ゼラスから取り戻しておくとしよう」
　ゼロスは、（器用なことに）額に汗を浮かべる。
「あの、ルビーアイ様」
「何だ」
「タリスマンは、すでにこの世界にはありません」
「ふざけるな」
「いえ、本当です」
「なぜだ。ゼラスが何かしくじったのか」
　ゼロスは（器用なことに）さらに冷や汗をかく。
「い……え、我があるじは何も」
「煮え切らんやつだな。さっさと事情を話せ」
　餓骨杖が氷を叩くこつこつという音を聞きながら、ゼロスは話した。
「千年前の降魔戦争の褒章に、ゼラス様は僕にタリスマンをお与えになりました」
「何だ、お前がしくじったのか」
「まあ、しくじったというか……僕は、長くそれを使っていたのですが、事情があって、それを売りました」
「売った！？　いくらで」
「５５０万です」
「５５０万……」
　魔王は顔色をなくした。
「あの、構想十年、材料集めに六年、組み立てに六年、仕上げに三年、実用化実験に二年、そして実際に私が使ったのは一年……あれを、あれをたった５５０万ぽっちで」
　魔王はゼロスの襟首を掴んでがくがくと揺すぶった。
「誰に売ったのだ！」
「人間の娘です」
「に……人間に」
　魔王は力なくゼロスを放す。
「続きを話せ。なぜあれは失われた」
「人間の娘が、タリスマンを噛み砕きました」
「なっ……そんなことをすれば、四界の王の力が解放されて大変なことになる。なぜ、その娘は」
「申し上げにくいのですが」
「今更だ。言え」
「ルビーアイ様の分かたれた一片を滅ぼすためにそうしたようです」
「なんと……我が身体の一片を……で、獣神官」
「はっ」
「覚悟は出来ていような？　私があれを造りだすのにどれほど苦労したか。それを、事もあろうに人間に金で売り、結果的に失わせたのはお前だ」
　餓骨杖がゼロスに向けられる。ゼロスはたじろいだ。
「お待ちください。その、壊したのは僕ではなく、人間の娘です。僕はただ」
「ふむ」
　赤い髪が冷たい風を孕んで舞った。
「では、その娘のところへ案内してもらおうか」
「え……それは、ちょっと」
「なんだ、もう死んでいるのか？」
「は、はい。彼女はもうこの世にはいません」
　ここぞとばかりにゼロスは声を張り上げる。
「──嘘をつけ」
　魔王の赤い瞳はカタートの氷よりも冷たかった。
「氷壁の中に封じられていても分かる。我が分身たちが滅ぼされたのはここ最近のことだ。その『娘』とやらがタリスマンを砕いたのもそう以前でもあるまい。なぜ、魔族のことわりに背いてまで、嘘をついた？」
　美しい顔が邪悪な笑みに歪む。
「高位魔族でありながら、恐怖の感情を抑えられないのだな。情けないものだな、獣神官よ」
　ゼロスは、ただ俯いて、赤の視線から逃げる。
「その娘のもとへ案内しろ。さもなくば、ここで滅べ」
「かまいません。滅ぼしてください」
　魔王は愉快そうにくつくつと嘲笑う。爪の長い指を伸ばして、ゼロスの額に触れる。
「ほう……お前は、その娘を守りたいなどと考えているのか」
「……」
「面白い奴だ、獣神官ゼロス。良かろう。その娘に手出しはしない。ただ、見てみたいのだ。高位魔族から金で我が呪符を買い取り、噛み砕いた豪胆な娘を」
　ゼロスの顎を持ち上げ、魔王は言った。
「案内してくれるな」
「……はい」
　生焼けの黄金竜はすっかり冷め切ってしまったようだった。

────

「あの……彼女、です」
「どっちだ。黒髪の胸の大きい方か。それとも、茶色の長い髪の胸の小さい方か」
「胸の小さい、方です」
「ふむ……」
「お会いに、なられますか？」
「い、いや待て。ちょっと待て」
　赤眼の魔王はゼロスのマントの裾を引っ張ってもじもじした。そして、ゼロスの腕を掴み、“正義の仲良し４人組”から離れた。
「なんですか、魔王様」
「あ、あー、ゼロスとやら。私は、決してＭＮＯではない」
「はっ？」
「いや、むしろ大いにＭＯと言ってよい」
　ゼロスは、頭を掻いた。
「あの、何をおっしゃっているのかさっぱり」
「ああ、これだから人間の世界のモノを知らない奴は困る。ＭＮＯといえば『モテ（Ｍ）・ない（Ｎ）・オトコ（Ｏ）』の略に決まっているであろう」
「ということは、ＭＯは……」
「当然、『モテる（Ｍ）・オトコ（Ｏ）』だ」
「すみません、一体いつの言葉なのか分かりません」
　レイ=マグナスは餓骨杖をくるくる指で回す。
「ながいけん閣下の『神聖モテモテ王国』も読んでいないのか。お堅い魔族はつまらぬ」
「もしかしてそれは、貴方がカタートに封じ込められる前の作品なのでは」
「ん？　当然そうだが」
（千年以上前の漫画か何かですか……）
「寡聞にして、知りませんでした。で、話を戻しましょう。つまり、魔王はモテる男性であらせられる、と」
「ああ。人間だった頃は、私の誕生日だの、何かの記念日につけて、女どもが押し寄せ、プレゼントを渡していった」
　ゼロスは、話の方向が見えないまま、「結構ですね」と相槌をうつ。
「『でーと』にだって誘われた。国一番の美女が、私の美貌を見てため息をついたものだ」
「結構ですね」
「他国の皇女からお茶に誘われたこともあった」
「実に結構です」
　げし。餓骨杖が頭にめり込む。
「もっと身の入った相槌は打てんのか。滅ぼすぞゴルァ」
「魔王様……そんな、ヤンキーみたいな」
「で……だ。要するに」
「始めから要してください」
「私は、決して女に相手にされなかったわけではない。ただ、魔導の研究に明け暮れていて、女というものに興味が無かったのだ」
「はい」
「あの茶色の髪の娘、どうやって口説けばいいものか、教えてはくれないか」
　ざざあぁっ。風が流れた。ゼロスは、わなわな震える唇を開いた。
「レイ＝マグナス様？　あの……貴方様のタリスマンを砕いた娘を……貴方の６体までもの分身を滅ぼした娘を……口説かれるのですか？」
「悪いか」
　赤い髪、赤い瞳の美しい男は、わずかに頬を染めている。
「あんな美しい娘は初めて見たのだ。胸はたしかに少々物足りないが、愛らしさはそれを補って余りある」
「ぼ、僕もそう思います！」
　げししっ。
「いい度胸だな。この私、レイ=マグナス=シャブラニグドゥの恋敵になる気か」
「恋敵も何も──その、彼女には」
「彼女には、何だ？」
　ここはきっぱりけじめをつけなくてはいけない。ゼロスは、背筋を伸ばした。
「彼女──リナ=インバースには……恋人がいます」
　言い切った。でも真実だ。伝えなくてはならない。ゼロスは、目を伏せ、そして開いた。魔王の顔には一筋の不安も無かった。
「問題ない」
「魔王様！？」
「奪えばいい。彼女の今の恋人がどんなＭＮＯか知らないが、私の魅力にかかれば、その娘……リナとかいったな。彼女の心を靡かせることなど容易いことだ」
　ゼロスは焦る。
「リナ=インバースとその男は、深く愛し合っています。仲を引き裂くようなことは」
「なぜ、お前が人間の恋など取り持とうとしているのだ」
「それに、リナ=インバースは魔族に仇なす──」
「我が后にしてしまえば問題ない」
「リ、リナ=インバースの恋人は、非常に魅力的な男です。いかに魔王様と言えども、心変わりは」
「なら、あらかじめ殺しておくか。居場所を教えろ」
「あ、いえいえ、殺すとか滅ぼすなんてことはお考えにならずに」
　がすっっっ。
「〜〜〜〜ぅぅぅ」
「煮え切らんな。私とリナが愛し合ってはいけないわけでもあるのか」
「あ、あり、ません」
「では教えろ。イマドキのナウでヤングなギャルを誘うには、一体どうすればバカウケを狙えるのか」
（千年前のセンスで何を言っても無駄だと思いますけどね……）
「何か思ったか」
「いえ、なにも。……そうですね、とりあえず、お茶にでも誘ってみたらどうでしょう」
「なんだ、世の中も進んだかと思っていたが、たいして変わらないものなのだな。で、その後は」
「そうですね。この街は海沿いですから、浜辺に連れて行って共に夕陽など眺められては」
「いいないいな。で、その後は」
「彼女はグルメな女性（ひと）ですから、ディナーをご馳走するんです」
「で」
「最後はバーのカクテルで決めます。ほんのり酔った彼女に、『つきあってください』と」
　美しい男は、顎に指を添えて首をかしげる。
「結構手間がかかるのだな」
「女の子というのは、かけた手間の分だけ傾くものなのです。しかし、魔王様」
　どこからか手鏡を取り出し、櫛で長い髪を整えているレイ=マグナスは目を上げる。
「あくまでも忠告させていただきますが、彼女には想い人がいるんですからね。ふられたらカッコよく引き下がる。それだって、ＭＯの条件ですよ」
「ふ。」
　レイ=マグナスは、忠告を受け取ったのか、それとも必要としていないのか、微笑み、鏡と櫛を懐にしまった。


「強いプレッシャーを感じるわ」
「ああ。俺も、何か知らんが嫌な気配がする」
　リナが頭を押さえ、ガウリイは髪をかきあげる。
「いままでの、あの時と、一緒ですね」
　アメリアの暗い視線に、ゼルガディスはうなずく。
「赤眼の魔王（ルビーアイ）──シャブラニグドゥの気配」
「しかも、今までのどの分かたれた身体よりも、強く、激しい魔力……」
　リナは目を眇める。
「戦いに……なるの？」


　目を上げると、４人の前に赤い髪、赤い瞳の眉目秀麗な男が立っていた。右手には見覚えのある武器──餓骨杖。ガウリイは剣の柄に手をかけ、アメリアとゼルガディスは呪文を唱え始める。リナだけが、ただ呆然と男を見上げている。
「リナ=インバース。我がタリスマンを砕きし娘」
「あなたが……レイ=マグナス=シャブラニグドゥ」
「美しき娘よ」
「偉大なる魔導士。竜破斬（ドラグ=スレイブ）を生み出せし最強の導師にして『北の魔王』」
「あの……ちょっと待ってくれ。ゼロス、ゼロス！」
　押し殺した小声で呼ばれる。
「何ですか」
　云われたままに隠れていた街角から、ゼロスが魔王に走り寄る。
「あ、ゼロス」
　リナが無感情につぶやく。
「ゼロスよ、まず何をするべきだったか。度忘れしてしまった」
「あ、あの……お茶に誘うのでは」
「そうだったか。じゃ、引っ込んでいろ」
　ゼロスはしぶしぶと路地に引っ込む。リナの目はゼロスを見ない。ただ、背の高い魔王の顔ばかりを見つめている。
「リナ=インバース」
「はい」
　ガウリイたちは、魔王の手がリナの首筋に伸びるのを見て、身構えた。その長い指は、リナの柔らかな髪をすき、華奢な肩をなぞった。
「我が妻となれ」
　どかばきげしゃっ。ガウリイたちが、そして路地の奥ではゼロスが、盛大にこける。
「ま、ま、魔王様！　手順を飛ばしすぎです。お茶、お茶！」
　声を潜めつつ荒げつつ、ゼロスが言うが……
「はい。つつしんで、貴方の妻になります」
　どかばきげしゃめしゃっっ。頬を染めるリナとレイ=マグナスを除いて、全員が今度こそ地面にめり込まんばかりにひっくり返った。
「リナさんっ！　冗談じゃないですよ！」
　めり込んだ地面から、いち早く復帰してゼロスが叫ぶ。
「貴女は僕の恋人じゃないですか！」
「あ……そうね。そんな時代もあったわね」
「時代って」
　魔王はゼロスをちらりと見下ろす。
「どうもこの娘を私に紹介するのを渋ると思ったら、ゼロス、お前やはり。滅ぼしておくべきかな」
「いいわよ、レイ」
　魔王の胸にうっとりとしがみつきながら、リナは言い捨てる。
「あたし、もうこいつのこと、なーんとも思ってないもの」
「それなら問題はないな」
「ええ。早くあなたの褥（しとね）に連れて行って。あたしをあなたの物にし・てv」
「可愛いぞ。リ・ナv」
　互いの頬を指でつつきあう二人。ガウリイたちは呆れてしまってものも言えないようだ。
「これで、長らく続いた魔族と人間のいがみ合いも解決だ。最強の人間たるそなたと……」
「最強の魔族であるあなたが……」
『溶け合うのだからｖｖ』
　もう観客は脱力するしかない。リナは、ガウリイたちに顔を向けた。
「と、言うわけで、あたし、行くね。今まで長い間旅してくれてありがとう」
「行くって、どこに」
　珍しく要を得たガウリイのつっこみに、リナは首をかしげる。
「そうね……レイの后になるといっても、どこに住めばいいのかしら」
「それに私は、この世界に慣れていない。リナに不自由させるかもしれない」
「あら、どんな苦労もあなたと一緒ならv」
「嬉しいぞ、リナv」
「でも、とりあえず……召使が必要かしら？」
「そうだな。リナ、どんな召使がいい？　私がすぐにでも召還してやろう」
「んーとね……ゼロスなんてどうかしら？　この世のことには詳しいし、魔族としての力もあるし」
　レイ=マグナスは眉をひそめる。
「この男はお前に思いを寄せているのだろう。心配だ」
「大丈夫！　あたし、ゼロスには指一本触れさせないわ」
　ゼロスは目の幅涙を流して泣いている。
「リ……リナさん。あんまりです。酷すぎます」
「あら、ゼロス」
　リナは魅惑的に微笑んだ。
「大好きよ。この世で２番目に愛・し・て・る」


あけましておめでとうございます。（05.01.01）　新年から、「ゼロリナ小説館」ではなく、リナちゃんの浮気話を書くとは私もいい度胸です。めでたそうな壁紙まで使って。でも、一応今年もゼロリナでばりばり飛ばしていきますので、よろしくお願いいたします。
作中の「ながいけん閣下の『神聖モテモテ王国』」とは、実在するギャグ漫画で、『MO』『MNO』という言い回しも出てきます。