ラピスベリー




「あー、お腹すいた！　次の町に今日中に着くなんて嘘ばっかりじゃない！」
　月の夜空に、リナの不満の声が上がる。
「ねー休もう！　もう歩けないわ」
　リナはぺたんと座り込む。
「わかった、休もう。情けない声を出すな」
　ゼルガディスも背を木の幹につけて座る。アメリアもガウリイもへたへたと座り込む。
「参ったな。食べ物も飲み物も無いぞ」
「近くに川も無いようですし……」
　途方にくれる三人に隠すように、リナがこそこそと口を動かすのを、ゼルガディスは見逃さなかった。
「こら、リナ。何食べてる」
「ラズベリー」
　リナはばつが悪そうに笑う。
「こんなことになるんじゃないかと、昼間に見かけたときに摘んでおいたの。あー、喉が潤うわ」
「リナさん、分けて〜……」
　アメリアがふらふらと手を伸ばすが、
「ごめん、もう食べちゃった」
　リナは空っぽになったハンカチを振った。
「……ずるいです……」
　アメリアは力なく月を見上げる。
「大して変わらないわよ。ほんの10粒くらいだったんだから」
　ガウリイがこつん、とリナを叩く。
「こら。俺たち仲間だろ？」
「こういうときは、個人主義よ。あたしと長く付き合ってれば分かるでしょ？」
　疲れて黙った４人の耳に、かすかに水音が聴こえる。
「あ……」
「どこかに水があるようだな。旦那、汲みに行こう」
「おう、行こうか。あー、足が痛い」
　リナとアメリアは寄り添った。男二人は皮袋を持って、崖道を降り始めた。

　水だけを（一名はそうでもないが）飲んで眠った彼らは、暁の光と共に目を覚まし、ふたたび道を歩きだした。とにかく、朝食は町で取りたかった。
　ゼルガディスは、欠伸をしながら先頭を行くガウリイを見る。リナが、ガウリイの腕に腕を絡めた。
（ん……）
　怪訝に思う。
（リナも、ずいぶん積極的になったもんだな）
　アメリアはどう思っているだろう。ふっと振り返ったゼルガディスは目を疑った。
「アメリア！　んー、可愛い……」
　リナが。まごうことなきリナが、アメリアに抱きついていた。
「やだあ、リナさん。照れますぅ……」
　まんざらでもなさそうなアメリア。前を行くガウリイの側のリナには少しも気づいていないようだ。
　ゼルガディスは慌てて首を回し、何度も二人のリナを確かめる。服装。髪の色。顔立ち。どちらかが偽者とも思えない。
「お、おい。アメリア、ガウリイ……」
　その時、ゼルガディスの腰にもぞもぞした感触があった。
「なっ……」
　前を行くリナでもなく、後ろを行くリナでもなく。３人目のリナが、ゼルガディスの腰につけた財布を開けようと四苦八苦していた。
「こら！　何をしている」
　思わず怒鳴る。怒鳴られたリナはきょとんとして、
「いやこの財布開けよーと」
と顔色も変えずに言った。
「ガウリイ、だーい好き」
「アメリア、だーい好き」
　それぞれのリナにそう言われて相好を崩している二人に、ゼルガディスは大声で叫んだ。
「おい！　何かおかしいぞ！」

「３人のリナ、か……」
　とにかくガウリイとアメリアに抱きついて離れないリナと、皆の財布を虎視眈々と狙うリナ。なんとか彼女たち（？）を連れて町に入った一行は、噴水の前で途方にくれていた。
「「「ねえねえ、何してるの？　早くご飯食べようよ」」」
　３人のリナは無邪気に微笑む。確かに、町は動き始める時間で、あちこちの店から温かいパンの匂いが上がっている。しかし、見た目も服装もまったく同じ３人の少女を連れて歩き回るのは何だか気が引ける。三つ子といったって不自然だ。
　その時、近所の店から高い声が上がった。
「何よ！　何もお金を出さない、って言ってるわけじゃないのよ。50も支払うって言ってるんじゃない。うーん、リナちゃん太っ腹！」
「50……ってですね、お客さん。そのアミュレットは500はする品で……」
「じゃ、60出すわ。これで文句無いわね」
「あの、だから500……」
「だー、うるさ……」
　ガゴン。マジックショップの店主を叩き起こして値切りともいえないひどい値切りをふっかけていたリナは、霊王結魔弾（ヴィスファランク）付きのゼルガディスの拳骨で後頭部を殴られ、意識を失った。
「すまんな。旅の仲間が迷惑をかけた。じゃ、これで」
　リナの脇に手を入れ、ずるずると引っ張るようにゼルガディスは店を後にした。
「おー、やっぱりリナだったか？」
　自分にすりついてくるリナをあやしながら、ガウリイがのんきな声を上げる。
「ああ。４人目……」
「残念だな。５人目だ」
　一人のリナが、いつの間にか現れていたゼロスにしがみついていた。


「なぜ現れた。今度のこともお前の仕業か、ゼロス」
「やだなあ。リナさんを増やして、僕たちに何の得があるんですか」
「魔族の考えることなんて分からんからな」
「ゼルガディスさん〜」
　ゼルガディスは、組んだ腕をきつくして、ちらりとゼロスを見る。
「まんざらでもなさそうじゃないか、ゼロス」
　無邪気な微笑を浮かべたリナが、ゼロスの腕に寄り添って、彼の黒い髪に指を絡めている。
「いやあ、普段のリナさんもこれくらい可愛らしいところがあったら嬉しいんですけどね」
「お前、ほんとに魔族か……それにしても」
　ガウリイになついているリナのあどけない表情。アメリアに抱きついているリナのいとおしげな表情。
「なんだか、リナじゃないみたいなリナだな」
　他人の財布を狙ってばかりの手癖の悪いリナと、値切り魔のリナは、食堂のテーブルに縛り付けられてぶうぶう文句の声を上げている。
「財布リナと値切りリナは、まあ本人らしいと言えるが」
　ゼロスは、顎に手を当てた。
「これは……ルビーベリーですね」
「ルビーベリー？　なんだ、それは」
「ラズベリーに良く似た果実で、満月の夜だけ魔力を持ちます。食べると、食べた実の数だけ人格が分裂して……それにあわせて身体も分裂します。分裂のきっかけは、その人の欲望です」
「……欲望？」
「たとえば、思いっきりマジックアイテムを値切って買いたい、とか、できれば皆さんのお財布からお小遣いをもらいたい、とか」
「で、ガウリイの旦那やアメリアや、そしてお前に抱きついてるのは」
「僕たちが好き、というリナさんの心でしょうね」
「──そっか」
　ゼルガディスはそっぽを向いた。
「おや？　なにか気になることでも？」
「いや……」
　食堂のレジで、新たなリナの声が聞こえる。
「ああ、朝食セット１５人前のお勘定は、あそこの金髪の人やセイルーンのお姫様や岩肌の人やおかっぱの人が払いますから問題ないです。で、あと１５人前……」
　食い意地の張ったリナも、テーブルの足にくくりつけられた。
「一体何粒食べたんだ。これで最後だろうな」
「さあ……」
　その時、町外れの方で爆音が上がった。とりあえず、リナにまとわりつかれていないゼルガディスが飛び出す。近くにある低い山から煙が上がっている。
「翔封界（レイ・ウィング）！」
　ゼルガディスは煙をめがけて飛び上がった。

「な、なんだ、なんだあ!?」
　朝っぱらから襲われた盗賊たちが寝ぼけまなこをこすっている。すっかり崩れたアジトの外には、不敵な笑みを浮かべる、そっくりな二人の少女がいた。
「「さあ、死にたくなかったらお宝を出してもらおうかしら？」」
　見事なハーモニーで、二人の少女はしゃべる。朝日に、紅茶色の髪が透ける。
「なんだ、こいつら……」
「やっちまえ！」
　男たちは剣をひらめかせて襲い掛かってくるが、少女たちも剣を抜き、華麗に応戦した。次第に男たちが押される。
「あっ、あれはなんだ！」
　男の一人が空を指差す。
「ふっるい手！　引っかからないわよ」
　少女たちはなおも攻撃を続けるが……
　ゴン。ゴン。
　霊王結魔弾（ヴィスファランク）をかけた岩の手で殴られた二人のリナは、地面に倒れ伏した。
「盗賊なんてやってると、いつ、こいつ…らみたいな凶暴な奴に襲われないとも限らない。まあ、まっとうな職につくんだな」
　二人のリナを両手に提げて、ゼルガディスはふらふらと町のほうへ戻った。


「あきれたな。盗賊いぢめをしたいという欲求は他の欲求の二倍あるってことか」
「リナさんらしいですね」
　ゼロスが頬を掻く。
「で、リナさんはいつ元に戻るんですか？」
　リナの腕の中で、少し嬉しそうな、困ったようなアメリアが尋ねる。
「そうですねえ……」
　ゼロスは自分もリナに抱きつかれながら、顎に指を当てる。
「このままだと、いつまでたっても分裂したままです」
　ガウリイが、頬ずりしてくるリナをいなしながら言う。
「うーん……それはさすがに困るな。元に戻す方法、知らないか、ゼロス」
「知ってますけど……」
「知ってるなら早く教えろ」
　盗賊いぢめリナ『たち』を机に縛り付けながら、ゼルガディスが言う。
「いえ、僕もガウリイさんもアメリアさんも、これはこれで幸せなような気がして、はっはっは」
「い・い・か・ら、教えろ」
「何かゼルガディスさんいらいらしてらっしゃいますね」
「別に。だからさっさと教えろ」
「はいはい。満月の夜にルビーベリーになる植物は、それ以外の日には青い実をつけるんです。ブルーベリーに似た、ラピスベリーといいます」
「ラピス……ラズリ？」
　首を傾げたアメリアに、ゼロスは答える。
「そうですね。色が似ているからそう呼ばれたんでしょうね。で、この分かれまくってるリナさんに一粒ずつそれを食べさせれば、人格が統合されて、元に戻ります」
「どこに生えてるんだ、そのラピスベリーとやらは」
「昨夜リナさんが摘んで食べたわけですから、あなたがたが昨日通った道のどこかにあるんじゃないですか」
「道理だな……で、誰が探しに行く」
　ガウリイに抱きついたリナ。アメリアを抱きしめたリナ。ゼロスにすがりついているリナ。３人が、心細げな声をあげる。
「いかないで……ここにいて。一人にしないで」
　ゼロスがにっこりと微笑む。
「どうやら、探しに行く人は決まったようですね」
　ゼルガディスは、ぶっきらぼうに立ち上がると、食堂を出て行った。


　翔封界（レイ・ウィング）で、とりあえず昨日リナがルビーベリーを食べた場所まで戻ろうとしていると、空中でいきなり抱きつかれた。
「うわっ……」
　バランスを崩し、地面に顔からつっこむ。とっさに片手で立ち上がって剣を抜こうとするが、体勢が悪くて、それはかなわない。
「なんだ、貴様──」
　ゼルガディスの身体に、柔らかな感触のものがくっついてくる。それが少女の身体だと気づくのにしばらくかかった。片手だけで身を起こしているゼルガディスの前に、ちょこん、と愛らしく微笑むリナの姿があった。
「あ──」
「どーしたのゼル、鳩がまめでっぽ喰らった顔してる」
「えーと、６…７…８人目のリナか。お前はどういう欲望を持っているんだ。もう金なら持って来てないぞ」
「お金なんかじゃないわ」
　眩しいほどに無垢なリナの笑み。
「ゼルと一緒に行くこと。それがあたしの望みの全て」
　当惑と、そして、不思議な感情。目の前のリナがくすりと笑った。
「あ、いま、ゼル、すっごく安心した顔した。ねえ、あたしがいてよかったでしょ？」
「……別に」
「嘘ばっかり。リナ＝インバースの中にあたしがいないと思って、悲しかったくせに」
　頼りないほどに細いリナの身体が抱きついてくる。周りには、木漏れ日。鳥の声。誰もいない。ゼルガディスは少しだけ素直になった。
「まあ、俺のことを好きなリナはいないのかと思ったら、ちょっとは落ち込んだな」
「ね！　あたし、ちゃんといるのよ」
「なんでさっさと出てこなかった」
「皆の前で『ゼル、好き』って言ったら、ゼル、ちゃんと相手してくれた？」
「う……」
「だからね、待ってたの。ゼルが一人になるのを。……じゃ、行こっか」
　ゼルガディスが服のほこりを払うと、リナは──正確に言うと、リナの８分の１の存在は、
「翔封界（レイ・ウィング）！」
　軽やかに宙に舞い上がった。

　昨夜、空腹を抱えて眠った場所にようやくたどり着いて、二人は地面に降りる。
「で、どこで摘んだんだ。その、ルビーベリーとかいう厄介な実を」
「あたし、知らないわ」
　けろっとした顔。
「はあ!?　おまえ、リナの一部だろう。そういう記憶も無いのか」
「果物を摘んだりした記憶は、食欲担当のリナのもの。あたしにできるのは」
　猫の様に擦り寄られる。甘い匂いが香る。
「ゼルを愛することだけ」
「リ、リッリッリ、リナ」
「好きよ、ゼル」
「何言ってるんだ。他のお前は、旦那にすりよったり、アメリアを抱きしめたり……ゼロスの奴に抱きついたり」
「だから、それはそれぞれあたしの一部。この、ここにいるあたしはゼルのためだけにあるの。ゼルだけを想ってるの」
「近寄るな」
「どうして。ひどい」
「わけの分からん果物で生まれた、いんちきなお前に何かされても嬉しくないんだ！」
　ゼルガディスは怒鳴った後、慌てて口を押さえた。
「ふふ、やっぱり」
　“リナ”は微笑む。
「もっとしおらしい子が似合うのに、どうしてあたしを好きになったの？」
「う……うるさい。半端モノ」
「ひどい」
「いいから、ラピスベリーを探しに行くぞ。お前みたいなインチキリナと付き合うのはいい加減嫌になるからな」
　ゼルガディスは無表情にリナを振り払い、歩き出した。


　ずいぶん歩いているが、ラピスベリーは見つからない。昨日は一日中山道だったから、結構脚にこたえる。暑さもひどい。
「おいリナ、大丈夫か」
　振り返ってみると、リナはマントで身体を包み込み、弱冷気の魔法を自分にかけて、涼しげに歩いていた。
「ん、全然大丈夫」
　のんきな声が返ってくる。
「リナ……お前、今８分の１になってるわけだな」
「まあね」
「魔力は、全員もとのリナと同じだけあるのか？」
「ううん、分けられてるわ。８分の１よ。どうかした？」
「いや、ちょっと気になったから……」
（まいったな）
　ゼルガディスは頭を押さえる。
（今朝の翔封界（レイ・ウィング）……結構本気で飛ばしてたのに。８分の１の魔力であっさり追いつきやがった）
　リナは小首を傾げてニコニコしている。
（それだけ、差がある、ってことか。俺と、リナの間に……）
「ゼール」
　リナが歌うように呼ぶ。
「難しい顔して、何考えてるの」
「いや……なにも」
「ラピスベリー、見つからないわね」
「そのうち見つけるさ」
「ねえ、教えてよ。どうしてあたしを好きになったのか」
　ゼルガディスは赤くなってうつむく。
「今、お前にそれを教えたら……ラピスベリーで一つに戻ったお前もそれを覚えているのか？」
「覚えてないわ。ルビーベリーの分身に、そこまで記憶を保持する力は無いのよ」
　しばらく無言の道行きが続いた。そして、ゼルガディスはゆっくり話し出した。
「俺は、ずっと一人ぼっちだった。だけど、初めてお前に出会って……そして話して。ヒトがこんな力強い光を放てるものかと、驚いて……そして、お前に賭けてみようと思ったんだ。頼りにしようってわけじゃない。俺も、リナのようになりたいと、そう思った。お前は、俺をレゾの呪縛から解き放ってくれた」
　隣を歩く、小さな影。そう、この小さな姿が、自分を解き放つ鍵になったなんて。
「正直俺は、お前たちにとっては中途半端な存在だ。リナほど魔力があるわけじゃない。旦那ほど剣技が優れてもいない。アメリアの様に復活（リザレクション）も使えない。でも、俺はリナについていく。いつかどこかで、命を賭けてでもお前を守れるのなら──恩返しが出来るのなら。その機会を待って、お前と一緒に行く」
　リナが、ゼルガディスを見上げた。
「何だ」
「ううん。こんなに一度にいっぱいしゃべるゼルガディスは初めてだから」
「悪かったな、無口で」
　リナはくすくすと笑っていた。そして、ふっと道端にしゃがむ。
「──あった。ラピスベリー」

「本当に、ラピスラズリのように輝いてるんだな。じゃあ、えーと……８個いるのか。余裕を見て、１０個くらい摘んでいこう。もとの一人のリナに戻りたがらない奴もいるかもしれないからな」
「あたしも、そうだわ」
「……え？」
　リナの深紅の瞳がゼルガディスを捕えた。
「ね、ゼル。あたしはラピスベリーを食べない」
「何を馬鹿な……」
「そして、二人で一緒に行こう。ねえ、元のリナに戻ったら、あたしのこの気持ち……ゼルを好きで好きでたまらない気持ちは、他の色々な気持ち──欲望に隠れて、表には出てこない。ゼル、あたしを好きなんでしょ？」
　果実の唇が、魅惑的に動く。
「“リナ”を好きなんでしょ？」
　するりとリナが腕の中に滑り込んでくる。真夏の空の下、ゼルガディスはリナを抱きしめていた。ずっとずっとそうしたかった、夢のような気持ちで。
　長い時間が経った後──ゼルガディスはリナを放した。
「……どうして」
「言っただろ。リナの中にお前がいてくれて嬉しかった、って」
「だったら！」
「俺が好きなのは、本来のリナなんだ。食い意地が張ってて、金に汚くて、乱暴で、胸が無くて、女らしさのかけらもない」
「ひどい！」
「──そんなリナが大好きなんだ」
　ゼルガディスはさびしげに微笑んだ。
「お前と一緒にどこかへ消えてしまいたい気持ちも、もちろん、ある。俺だけを見てくれるリナなんて、こんなことでもない限り決して手に入らないからな。でも、リナに光を見ているのは俺だけじゃないから」
　ゼルガディスは目を細めた。
「ガウリイも、アメリアも。……たぶんゼロスの奴も。皆リナを好きなんだ。だから、俺だけが“ずる”をして、リナを不完全なものにするわけにはいかない」
　リナは、ゼルガディスにしがみついた。
「ゼル、ゼル。愛してるわ」
「元に戻ったリナの中に、お前の面影を見つけ出すよ」
「ラピスベリーをちょうだい。一足早く、リナに戻るわ」
「そうか」
「忘れないでね。あたしはいつでも“リナ”の中にいるのよ」
　リナが蒼い透明な実を口にすると、その身体は透けて、やがて空気に溶けた。


「おいゼロス。そのリナで最後だ。とっととよこせ」
「いやあ、ゼロスから離れたくない〜」
　泣きべそをかくリナの欠片は、ゼルガディスの容赦のない腕でゼロスから引き剥がされた。
「さ、これを食え」
「やだ、ゼロスと一緒にいるぅ」
　小さな唇をこじ開け、蒼い実を放り込む。
「やれやれ、僕になついてくれるリナさん、というのも魅力的だったんですけどね」
「元のリナに戻さないと旅が続けられんだろう」
　ゼルガディスは無愛想に言う。八人のリナが消え、食堂の床の真ん中に、一人のリナの姿が現れる。
「あ……れ？　あたし、どうなってたの？　寝てたのかなあ。ここってどこ？」
　きょろきょろし始めたリナを見て、皆苦笑いした。


　次の朝。宿屋を旅立つ。リナが先頭に立って扉を開ける。朝の光に長い髪が透ける。──ふっと、リナが振り返ってゼルガディスを見た。
「どこまでも、一緒に行こうね」
　赤い瞳の中に、“彼女”はいる。
「ああ。どこまでも一緒だ」
　ゼルガディスは微笑んで、リナの背中を押した。






たまには書いてみたいゼルリナです。私の中にある、ゼルガディスのリナへの想いを、ゼルにしゃべらせてみました。岩の拳骨でリナ（の分身）をどつきまくるゼルがお気に入りです。
基本的にはゼルアメが好きな羽久なのですが、「ゼルは心のどこかでリナへの想いを捨てきれずにいる（……が、リナにはガウリイがいると思って黙っている）」という設定も好きなのです。あと、「ゼルガディスはゼロスが嫌い」というのも捨てがたい設定です。……いつぞや、拍手コメントで「ゼルリナが読んでみたい」とおっしゃってた方、これでどうでしょう？