スレイヤーズふぁいぶすたー



一人の少女を、数人の男たちが取り囲んでいた。少女は頭にクリスタルをつけ、針金のような細い脚をしている。ファティマ（ロボット操縦用人造人間）であるしるしだ。
「へへへ、こんなところではぐれファティマに出会えるとはな。ついてるぜ」
「お嬢ちゃん、マスターはどうした？死んじまったのかい？」
下卑た笑いをうかべて、じりじりとファティマの少女に近づく。
「俺たちと遊ぼうぜ。嫌とは言えないよな。ファティマは人間に逆らえるようには出来てないからな」
男の手が、ファティマの少女の服にかかった。少女は目を閉じる。その時だった。
「あんたたち、何やってるの」
栗色の長い髪の少女が、男たちを振り向かせた。
「見て分かんねーのかよ。はぐれファティマと仲良くしてんだよ。お嬢ちゃんは引っ込んでな。それとも、仲間にはいるか？お嬢ちゃんも可愛いし、俺たちとしてはどっちでもいいんだけどな」
「ふーん、そういうことを言う……」
栗色の髪の少女は、懐からスパッド（光剣）を取り出した。
「なっ……お前、騎士か」
「ふん、こんなお嬢ちゃん一人だ。スパッドを奪ってしまえば何にも出来ねーよ」
栗色の髪の少女は、呆れた笑みを浮かべる。
「卑しいやつって、ほんとに無知ね」
言ったと同時に、四人の男たちは地面にはいつくばっていた。
「なにい……俺たちを……一撃で……」
「スタンガンモードにしてあるから、死にはしないわよ。あと一時間もすれば起きあがれるでしょ」
栗色の髪の少女は、ファティマの少女を助け起こした。
「大丈夫？ケガはない？」
「はい、大丈夫です……でも、なぜ助けて下さったのですか？わたしははぐれファティマ、人間に何をされても構わないのに……」
「もう、そんなことだから、あんたたちファティマって嫌いよ。人間より遙かに優れた身体能力を持ってるくせに、こんな馬鹿どもの言いなりになろうとするなんて。むかつくのよね、その性格」
「すみません……でも、私たちファティマは、そのように設計されているのです。だから……」
「あー、分かった分かった。ごめんね、あんた個人を責めてるんじゃないのよ。気を悪くしないでね。さてと、一緒に行きましょうか」
「えっ……どこへ」
「セイルーン王国よ。あそこで、近いうちに新しいファティマのお披露目があるの。星団中からヘッドライナー（巨大ロボットの操縦者。騎士とも言う）が集まるわ。あんたもそこで、新しいマスターを探しなさい。ゼロス！」
「はい、リナさん」
「この子を運んで。ドーリー（巨大ロボットのキャリア）に乗せて、セイルーン王国まで運ぶわよ」
「分かりました」
ゼロスと呼ばれた青年も、額より少し上の髪の中に菫色のクリスタルが取り付けられている。リナと呼ばれた少女は、ゼロスよりかなり年下に見えるが、ゼロスは彼女の言葉に忠実に従った。
「ありがとうございます、こんなに良くしていただいて……」
「いいのいいの。あたしがやりたくてやってることなんだから。はぐれファティマを襲おうとする、最低な奴らが許せないだけ。前のマスターとは死に別れたの？」
「はい……」
「いいマスターだった？」
「はい、とても」
「じゃ、また、前のマスターに負けないくらい、いいマスターを探しなさい。前のマスターも、それを望んでると思うわ」
ファティマの少女は、ゼロスの腕の中で、静かに涙を流した。

「と、言うわけで、アメリア、この子のこと、よろしくお願いするわね」
「リナさん〜。いったい何人はぐれファティマを連れてくれば気が済むんですか？もうこの子で五人目ですよ？うちははぐれファティマ預かり所じゃないんですから」
「あら、四人も五人も一緒でしょ？お披露目も近いじゃない。ぜひ！この子に素敵なマスターを見つけてあげてね」
「マスターが見つかるかどうかは運命ですよ。私の責任じゃありません」
「とにかく、この国からはぐれファティマを出さないで。じゃ、よろしく」
王女アメリアの謁見の間から、リナはくるりとマントを翻して出ていく。
「リナさん〜。いくらリナさんが私の親友だからって、これはないですよ」
「あの……よろしくおねがいします」
ファティマの少女に挨拶されて、アメリアはあわてて笑みを返した。
「ゼロス、行くわよ」
「はい、リナさん」
青年型ファティマに目を留めたアメリアが問いかける。
「リナさん、ファティマ使うの嫌いなんじゃなかったんですか？」
「い〜い質問ねえ、アメリアちゃん。あたしは、ぜんぜん人型ファティマなんて連れ歩く気はなかったのよ。こいつが勝手についてきただけ。分かる？」
「は、はい、分かりました」
リナの気迫のこもったジト目に、アメリアは思わず及び腰になった。


それは、一年前のことだった。
荒野の中の研究所の前に、一台のモーターヘッド（巨大ロボット）・ドーリーが止まる。運転席から、リナはひらりと舞い降りる。
「プリズン・コークス博士はご在宅？」
青年型ファティマに尋ねると、彼は表情の読めないアイレンズ（瞳を覆う、鏡のようなレンズ）をきらめかせながら、リナを研究所の中に案内した。美しい、女性ファティマ・マイト（ファティマ製造者）が中にいる。
「リナ＝インバースじゃないの。久しぶりね」
「お久しぶりです、コークス博士。エトラムル（人間型ではないファティマ）の調子を診てほしいの。最近、反射神経系に若干の遅れがあるようなのよね」
「リナ。あなたも、ドラグ＝スレイブほどのモーターヘッドを扱う騎士ならば、人型ファティマを選びなさいな。ＭＨ（モーターヘッドの略）が泣いてるわよ？」
「あたし、どうしても人型ファティマってのが苦手なの。マスターの言うこと何でも聞いて、いざマスターが死んだら、何の人権も認められない身分に追い落とされるなんて。何て言うのかな、道義的に許せないの、そういうの」
「あなたは潔癖ね、リナ」
「お茶が入りましたよ、博士」
髪の毛を肩で切りそろえた、品のいい青年型ファティマが部屋に入ってくる。
「見ないファティマね。最近カプセルから出したの？」
「そうよ。名前はゼロス。今度のお披露目に出すつもりなの。結構自信作なのよ」
「お茶とケーキです、博士、マスター」
「ありがと……って、今、あんた、何て言った？」
リナは仰天してファティマを見上げる。
「マスター、と」
ファティマはにっこりと微笑んで答える。
「あんたたちファティマがマスターって呼ぶのは、本当の主人だけじゃないの？」
「そうですよ、マスター」
「くっ……あははは」
コークス博士がこらえきれずに笑い出す。
「リナ、あなたも年貢の納め時ね。ゼロスは、お披露目に出すまでもなく、自分でマスターを選んだのね。今日あなたがここに立ち寄ったのも、何かの縁だったのよ。リナ、ゼロスを連れて行きなさい。はっきり言って、今のドラグ＝スレイブの３倍から４倍の性能が引き出せるわよ。そういう風に作ったんだから」
「な……なんなのよ、この展開は」
「よろしくお願いします、マスター」
だめ押しされて、リナはテーブルに突っ伏した。
「じゃ、連れていってあげてもいいけど、アイレンズ、取って。あれ、あたしどうしても苦手なの」
「星団法違反よ」
「構うもんですか。あたしが全ての責任をとるわ。それから、あたしのこと、マスターって呼んじゃだめ」
「リナ！ファティマにとって、主人をマスターと呼ぶことはプログラムされたことなのよ。それを無理矢理他の名前で呼ばせようとすれば、ファティマの神経をすり減らすことになるわ」
「じゃあ、その制限も解いて。コークス博士なら、できるでしょ？」
「出来なくはないけど……それも星団法違反よ。ゼロスを違反だらけのファティマにするつもり？」
「あたしみたいに、どこの騎士団にも属していない一人もんの騎士が、ひっそり連れ歩いてるだけだもの、分からないでしょ」
「あなたがそれでいいのならいいけど……そこまで改造し直すとなると、一度カプセルに戻さなきゃね。一ヶ月後に、引き取りに来てくれる？」
「このままあたしがとんずらしたらどうなるの？」
「そりゃ、ゼロスははぐれファティマになるわね。女のはぐれファティマも大変だけど、男のはぐれファティマの運命も、悲惨なものよ」
「分かったわよ。一ヶ月後、引き取りに来るわ。ゼロス、それでいい？」
「はい、マスター」
そう言って、ゼロスは、リナの小さな手を取り、手の甲にキスをした。
「ちょ、ちょっと博士！これもプログラムされたことなの？」
「さあ……それがこの子の性格みたいね」
「まったくもう、冗談じゃないわ。ただでさえ気障な男はタイプじゃないのに」
リナは、栗色の前髪をくしゃくしゃとかき回した。


静かなピアノの音色が支配する、洗練された空間。熱気に溢れた外のことを忘れさせる、涼しい空気。リナは、セイルーンの城下町にある小さなバーで、カクテルを楽しんでいた。隣にはゼロスが座っている。ゼロスの前にもカクテルグラスはあるが、ゼロスはほとんど口をつけていない。
「リナさん、なぜ、お酒を飲むんですか？」
「いけない？」
「いいえ、ただ理由を聞いているだけです」
「嫌な奴らに会っちゃった憂さを晴らしたいから……これじゃ駄目？」
「いえ、僕にリナさんのやることを制限する権利はありません」
「そういう言い方は、好きじゃないわ」
「すみません、リナさん」
「いいのよ。あんたも、この一年で、すっかりこのあたしにふさわしいファティマになったじゃない？感謝してるわ」
「感謝だなんて」
にっこり微笑んだまま、ゼロスはいう。この表情は、彼の生まれつきのものらしい。
そこに、金髪の青年が入ってきた。後ろには、美しい女性型ファティマを連れている。
「よお、リナ、久しぶりだな」
「ガウリイ！ひっさしぶり！シルフィールも元気そうね」
「お久しぶりです、リナさん」
シルフィールは、長い黒髪をゆらめかせて、ガウリイの隣に座る。カウンターの中の光が、アイレンズに反射して、一瞬表情が読みとれなくなる。
「ん？そっちの男、お前のファティマか？」
「そうなのよ」
「へえ、ファティマ嫌いのお前が。変わったもんだな」
「そのことなんだけど、ちょっと聞いてよ」
リナは、ゼロスが自分のファティマになったいきさつを話した。
「ははは、そりゃ、一目惚れってやつだな。でもリナもよかったじゃないか。ドラグ＝スレイブの威力も３倍増しっていうんだったら」
「それがね、あれからめっきり戦うことがなくなって……」
「なんだ、ゼロスを乗せてドラグ＝スレイブを駆ったことは無いのか」
「ええ。あたしとしても、どれくらい威力が変わるものかテストしてみたい所なんだけど、そこら辺のゴロツキ騎士みたいに、喧嘩を売って歩くわけにもいかないし……」
「俺と模擬戦といくか？」
「あんたのゴルン＝ノヴァと？やめとくわ。むだにＭＨを傷つけたくないし」
「つれないな」
「あんたも、シルフィールを大切にしなさいよね。あんたには過ぎたファティマよ」
「そんな……」
シルフィールは頬を赤らめる。
「いや、実際、こいつには助けられることが多いんだ。傭兵をやってる俺にとっては、戦闘力がずば抜けてるこいつはまさに女神だ。ところでリナ、お前、何やって喰ってんだ？」
「……盗賊いぢめ」
「お前なあ。騎士が一般人相手に何やってんだよ」
「悪人に人権はない！」
「まったく……俺みたいに傭兵でもやれよ。お前の腕前なら引く手あまただと思うぜ」
「そうねえ……」
その時、一人の若い男が店に入ってきた。客という感じではない。
「栗色の長い髪……紅い瞳。あの、昨日、はぐれファティマを助けた方ですか？」
「そうだけど、それが何か？」
「伝言を渡すように頼まれてるんです」
男は、リナの手に紙切れを押し込んだ。
「確かに渡しましたからね。それじゃ、失礼します」
男は逃げるように帰っていった。
「なんだ、何が書いてあるんだ？」
「どうやら、ゼロスと一緒の最初の闘いになりそうね……」

　女騎士に告ぐ
　当方の部下を痛めつけてくれたお礼を致したい
　明日夕刻、セイルーン高原にて待つ
　ＭＨに乗って来られたし

「おいリナ、俺も助太刀に行こうか？」
「結構よ。自分で撒いた種だもの」
「でも、ゼロスは戦いに慣れてないんじゃ……」
「あんなゴロツキを部下にしてる騎士よ。あたしとゼロスとドラグ＝スレイブがあれば充分よ」
　　　　 「一応、俺に見届けさせてくれ」
「手を出すんじゃないわよ。腰抜けに見られるのって、あたし、一番嫌いなの」
「分かった」
「じゃあ、あたしは行くわね。一年ぶりに動かす、ドラグ＝スレイブの機能を一応チェックしておきたいから」
「じゃ、あしたの夕刻に」
「ええ。シルフィール、またね」
「はい、リナさん」


次の日の夕刻。空は、不吉なほどに赤く灼けている。ドラグ＝スレイブは、草原に立ち、相手が来るのを待っている。やがて、相手となるＭＨが現れた。
「ふん、大したことなさそうじゃない」
リナは、ファティマ・コックピット内のゼロスに呼びかける。
「最初から全力で行くわよ！一気にカタをつけるわ」
「了解です、リナさん」
ドラグ＝スレイブは太刀を抜き、大地を蹴った。相手のＭＨの肩に重い一撃をたたき込む。
（なんて動きが軽いの！）
リナは、改めてゼロスの性能に思い至った。
（これぐらいの相手だったら、何十騎来たって、余裕だわ）
相手は、ワイヤーロープのようなものを振り回した。こちらの身体を絡め取るつもりだったらしいが、リナは素早い動きでそれを逃れ、太刀を振ってロープを断ち切る。
「甘いのよ！これで最後ね」
その時、後ろから衝撃が来た。リナはコントロール・パネルに頭をぶつける。額から血が流れる。
「二騎……！」
「これは反則だろう、おいシルフィール、俺たちもゴルン＝ノヴァで出るぞ」
「待って！」
草原にリナの声が響きわたる。
「ドラグ＝スレイブ一騎で充分よ。こんな卑怯な奴ら相手に、ガウリイの力は借りたくないわ」
リナは、振り向きざまに二騎目の相手に衝撃波を放った。あっさりとよろめく。最初の敵が、再びワイヤーロープを振り回し始める。
「全く、相手にもしたくない奴ら……！」
リナは、再び振り向いて、最初の敵のエンジン部分に、太刀を突き刺した。一騎目は、膝を落とし、完全に沈黙した。
「残るは一騎！」
その一騎が、剣を抜いた。そして、ファティマ・コックピットにその切っ先を突き刺した。
「ゼロス！」
返答はない。
「ゼロス！ゼロス！」
叫びながらもリナは、ゼロスにまかせていた脚周りのコントロールを、自分の方へ切り替える。動きは鈍くなるが、何とか動ける。
「よくもゼロスを！！」
リナの太刀が、相手の胴をまっ二つにした。戦いは終わった。
リナは、コックピットを開けると、ファティマ・コックピットへ急いだ。ガウリイとシルフィールも駆けつけてきていた。
「ゼロス！」
コックピットの装甲は無惨に破壊され、中にぐったりしたゼロスの姿が見える。リナは、ゼロスに覆い被さるようにして声をかけた。
「ゼロス。ねえゼロス。目を開けて」
ゼロスは動かない。
「ゼロスったら」
軽く頬を叩く。反応はない。
「もう、これだから、人型ファティマは嫌なのよ！」
リナの深紅の瞳から涙がこぼれた。ゼロスの頬の上に温かい雫が落ちる。その時、急に力強い腕がリナを引き寄せた。リナは、ゼロスの胸の中に抱き込まれる。
「リナさん、僕のために泣いてくれてるんですか？」
リナは、一瞬何が起きたか理解できなかった。そして、見る見るうちに赤くなる。
「ゼロス！あんた、わざと死んだふりしてたんじゃないでしょうね」
「それは、秘密です」
すぱーん。ゼロスは、ハイヒールで頭をはたかれる。
「このすっとこファティマ！コークス博士の所に送り返して、もう一度徹底的にマインド・コントロールしてやるわよ！」
「ゼロス、ダメージは無いのか」
すっかり取り乱したリナをよそに、ガウリイが声をかける。
「肋骨を二本。左鎖骨にヒビ。そんなところです」
「あたしを騙した罰よ！医者になんか連れていってやらない」
「おいおいリナ。そりゃ、ひどいぜ。ファティマのケガは、マスターの責任でもあるんだからな」
「じょ、冗談よ」
「リナさん」
アイレンズをつけていない、深い紫色の瞳に、リナは吸い込まれる。
「貴女が無事で良かった」
そして、軽くリナの頬に口づけする。
「ああもう、なんであんたはそういう性格かなー」
リナは、前髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。




「どんなジャンルにも『ファイブスター物語』パロディがある」と某所で読み、「それならゼロリナでファイブスターもアリだろう！」と書いてみたものの、『ファイブスター物語』（永野護・著）の緻密で細部に渡った設定にさんざん悩まされてしまいました。結局、あんまり深いところまで立ち入らないように書くしかなかった……。あちこちに『ファイブスター物語』専門用語があり、一応注釈はつけましたが、『ファイブスター』を知らない方には分かりづらい話になったと反省しています。『ファイブスター』ファンにもそうでない方にも不満の残る話を書いてどうするんだ私……（汗）ちなみに、プリズン・コークス博士は『ファイブスター』の方の登場人物です。好きなので出してしまいました。それでは、ここまで読んで下さってありがとうございましたっ！
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ほんとに拙いやらなにやらで恥ずかしい小説なのですが、載せてしまいます。リナちゃんがファティマ、というのも素敵なのですが、なんとなくゼロスの方をファティマにしてしまいました。文中の「ドラグ＝スレイブ」「ゴルン＝ノヴァ」は、モーターヘッドの名前です。