万聖節の前夜に
街はハロウィンで賑わっている。ゼロスは、珍しく青年の神官姿を現したまま、街を歩いていた。彼の食物になる人間の負の感情はまったく感じられない。人々は楽しみに満ちて、この街を飾り付けている。 「トリッカトリート！」 子供たちは無邪気な顔をカボチャの仮面で隠し、見知らぬ家の扉を叩く。そのたびに彼らの手には抱えきれないほどのキャンディやチョコレートが溢れる。 ゼロスは、何となく楽しくなっている自分に気付いて苦笑した。こんな人間の祭りに興味など無かったはずなのに。 「やはり、あの人たちとの旅は、僕を変えてしまったんでしょうか……」 数ヶ月前、魔王ダークスターを封印して終わった、人間たちとの旅。人と話すこと、人をからかうこと……人を信じること。ダークスターとの顛末を上司で生みの親でもあるゼラスに報告しながら、ゼロスは確実に自分が変わっていたのを感じた。その旅は……危険に満ち、世界を滅ぼす直前まで行きながら、彼にとって楽しかったのである。……とくに、彼女が絡むと。 目を閉じると、今でもすぐそばにいるような気がする。柔らかな紅茶色の髪、未来を見つめる紅い瞳。未だに幼さを残す１６歳の顔立ち。 ゼロスはゆっくり目を開いた。会いに行ってみるのも良いかと思えた。こんな夜には。 その時だった。 「ゼロス、トリッカトリート！」 懐かしい甘い声が耳元で響いた。驚いて目を開くと、目の前に彼女はいた。濃い赤の身体にぴったりとした、肩を出し、脚を露わにした服に身を包み、太ももまである紅い長いブーツを履いている。頭には同じ色のとんがり帽子。箒に跨り、あぶなっかしげに宙に浮かんでいる。 「リナ……さん」 「ゼロス、ひっさしぶりぃ！こんなところで会えるとは思わなかったわ。ジャック＝オ＝ランタンの導きかしら？」 「久しぶり……ですね。元気そうで良かった。それで、その格好は何ですか？」 「決まってるじゃない、ハロウィンよ。仮装行列。ガウリイやアメリアたちとも一緒だったんだけど、はぐれちゃって」 「それ……どうやって浮かんでいるんですか」 「ああこれ？箒にレビテーションをかけて、何とかバランス取ってるのよ。かなり無理してんのよ、これでも。」 「自分にレビテーションをかけた方が無難だと思いますが」 「野暮ねえ。今日のあたしは中世の魔女なのよ。箒で飛ばなくてどうするのよ……きゃああ！」 箒が急に持ち上がり、リナは箒にしがみついたまま逆さ吊りになった。 ゼロスがあわててリナを抱き留める。主を失った箒は、力が抜けたようにぱたりと地面に落ちる。 「ふう……失敗失敗。さっきからこればっかりなのよね。って、いつまで乙女の身体を抱いてるつもりなのよ、スットコ神官！」 「これでもお助けしたつもりなんですけどねえ」 「それもそうね。落っこちたら擦り傷じゃ済まなかったかも。とりあえずお礼を言っておくわ。ありがとう。それはともかく……」 びし、とゼロスの顔に指を突きつける。 「トリッカトリート！お菓子をくれなきゃいたずらするわよ」 「そんな……急にお菓子と言われましても」 「じゃ、いたずらね。何が良いかしら。そうだ、こういうのはどう？」 リナが指を振ると、ゼロスのまっすぐの髪が急にグニャグニャともつれだした。 「女の子が自分を巻き毛にするのに使う魔法よ。気に入った？」 言いながら、リナは爆笑している。かなり情けない姿になったようだ。 「鏡見る？手鏡なら持ってるけど」 「いいです、鏡なんて。分かりました、お菓子を上げますから、この髪を元に戻して下さい」 「ふふ、巻き毛のゼロスも可愛いのにね。じゃ、呪文解除」 さら……といつもの感触が頬に落ちかかる。どうやら髪は元に戻ったらしい。 「じゃ、お菓子を調達しないといけませんね……」 二人は色とりどりに染め抜かれた街を歩いた。キャンディを山盛りにした屋台が出ている。 「苺、林檎、葡萄。どれが良いですか？」 「苺！」 ゼロスは懐から小銭を出すと、苺のキャンディを一つ買った。 「ひとつぅ〜？ケチねえ」 「人間のお金をそんなに持ち合わせていないんですよ。それより、あげますから近づいて下さい」 「なんで近づく必要が……あーっ、ゼロス、キャンディ食べた！」 ゼロスはキャンディを口に含むと、そっと唇をリナのそれと重ねた。ころん、と苺味のキャンディがリナの口の中に入ってくる。 「な……何すんのよ、ばかぁ！」 「お菓子を上げました。ご不満ですか？」 リナは頬を真っ赤にしてそっぽを向く。 「さっきの髪の毛呪文、かけ直してやろうかしら」 「す、すみません、冗談だったんです、冗談」 「冗談で乙女の唇を奪ったわけ？」 リナはふいにシリアスな顔になって、紅い瞳でゼロスの目を覗き込んでくる。ゼロスは、自分が動揺しているのに気付いた。 「い、いえ……冗談ではない……わけですが」 「じゃ、責任取ってくれる？」 リナは小気味よい音を立てて、歯でキャンディを２つに砕いた。そして、ゼロスの首筋に抱きつく。半分になったキャンディがゼロスの唇から滑り込んだ。 「これで、お互い様よね」 （いいんでしょうか？これで） 怪訝な顔のゼロスを後目に、箒を持って元気よく歩き出すリナ。 「わー、神官様と魔女だー」 「変なの。おもしろーい」 子供たちが、二人の周りをくるくるからかいながら駈けていく。 「そうか、神官様と魔女か……そんな組み合わせも悪くないかもね」 リナは箒を持っていない方の手をくるっとゼロスの腕に絡めた。 「なんだか、今日のリナさんはいつもと違いますね。」 「だって、今日のあたしは魔女だもの。神官を誘惑する、悪い魔女。」 ふたりは、腕を組んだまま、街の雑踏に消えていった。 すみません……。リナちゃんに魔女のカッコさせたかっただけなんです。 ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。ちょうどハロウィンを待つ季節に書きあげました。魔女リナちゃんは頭の中で想像するだにかわいいです。うっとり。 |