美しく燃える森

　なっ、何よこれ、どうなってんの？
　あたしは混乱していた。今夜も、夜の暇つぶしに、森に巣くう盗賊いじめをして、お宝をたっぷりマントの下のポケットに詰め込んで……それからどれくらい歩いただろう。いくら何でも、もう森の出口に出てもいいはずだ。なのに、目の前を覆うような丈の高い下草、行く手を阻むような横枝。今日は昼間にも結構な距離を歩いたのだ。疲れた脚が悲鳴を上げている。
「レイ＝ウィング！」
こんなところ、まともに歩いてたら神経持たない。懐の中のお宝ごと、あたしは空へ舞い上がるつもりだった。ところが、
「……」
あたしの足は、地面から一ミリと離れようとしなかった。
「あはは…ちょっとお宝欲張りしすぎちゃったかな？」
マントの中から、小さな神像、ずっしりと重たい宝石付きの剣などを、しぶしぶ地面に置く。
「レイ＝ウィング！」
それでも、あたしは宙に舞うことは出来なかった。あわてて唱える。
「ライティング！」
一条の光線すら出ない。
　これは…ここが魔力の効かない場所なのか、それとも誰かがあたしの魔力を封じ込めたのか。ドラグスレイブで一気に森を消し去るわけにも行かなくなった。とにかく、あたしは二本の脚で歩くことを余儀なくされたわけである。
　その時だった。きな臭い匂いが辺りに立ちこめ始めた。
「なっ……」
ぱちぱち、と乾いた草のはぜる音がする。どさり、と大きな枝が焦げ、落ちる音がする。ふっと天を見上げると、そこには……赤い炎が踊っていた。
「火事…」
信じられない思いで呆然と朱く染まった空を見上げていたが、こんなことじゃいけない。なんとしても脱出しなくちゃ。折れた枝を飛び越え、火花の燻る小枝を踏みつぶして、走り続ける。
「森の出口はどこ？」
　最初に森に入った場所など、とうに分からなくなっている。自分が、出口に向かっているのか、森の奥に向かっているのかさえ分からない。
　もう一度空を見上げる。ごうごうと呻る炎の中に一つ、冴え冴えと蒼く光る星があった。今、方向を確かめられるのはそれだけだ。
「あの星を目指して走るのよ」
誰に言い聞かせるでもなく、あたしはつぶやいた。
　走る。走る。肺が煙を吸い込んで、猛烈な勢いで咳き込む。でも、倒れているヒマはない。巨木が、断末魔の叫びをあげて倒れてくる。熱い空気を吸い込んだ喉はカラカラなんてもんじゃない。舌も、喉も、ひりひりと灼けつくように痛む。少しでも冷たい空気が欲しくて、頭をかがめる。燃える草に頬を撫でられ、ビクッと後じさる。やっと見つけた、大きすぎて枝しか燃えていない樹に身を寄せる。
マントは、とうに捨てた。こんなところで裾をひらひらさせていたら、燃やして下さいって言ってるようなもんだ。
「水…空気…誰か…」
そうよ。このあたしのピンチに気付かずに、宿屋でぐーすか眠ってるようなあいつらじゃないわ。これだけの規模の森を焦がす火事だもの、物見高い連中が起きてこないはずないじゃない。
「ガウリイ！」
次第に、吸える空気が少なくなっていくのが分かる。あたしは頭を地面にすりつけるようにしながら叫ぶ。
「アメリア！ゼル！」
みしり、と嫌な音がした。それまであたしがもたれていた樹が、ゆっくりとあたしの方に倒れてきたのだ。あわててその下を逃れようとするが、
右足が重い樹の下敷きになる。

───モウニゲラレナイ───

空には、まだあの蒼い星が輝いているというのに。
煙が目に沁みて、もう何も見えなくなる。熱と、すさまじい音。それだけ。あたしは無意識のうちに叫んでいた。
「ゼロス！ゼロス！！」
一瞬の空白があって、あたしは空にいた。誰かに抱き上げられて。激しく、何度も息を吸い込む。冷たい空気がこんなに有り難いものだったなんて、初めて知った。
「リナさん、やっと僕の名前を呼んでくださいましたね」
「……ゼロス」
「顔が煤だらけですよ」
言われて気付く。手袋でこする。
「ああ、よけい汚れてしまいますね。僕の法衣でよかったらお貸しします」
言われるまでもなく、あたしはゼロスの法衣の裾を使って、ごしごし顔と涙を拭っていた。そして、気付く。ここはあの燃える森の上空だと言うことに。森は、一つの生き物のように朱く蠢き、崩れ落ちてゆく。

「ま、あんたには礼をいうわ。絶体絶命って時に助けてくれたんだから」
「お礼を言われる筋合いはありませんよ。だってあの森を燃やしたのは僕なんですから」

「はあ？今なんて言ったの？」
「あの火事を起こしたのは僕です。リナさんが森の中にいることも知っていました。そして、仮のものですが迷宮を作り上げて、リナさんをあそこから出さないようにした。リナさんの魔力を奪っていたのももちろん僕です」
ばっちーん。
あたしはゼロスの頬をおもいきり平手で叩く。
「痛いじゃないですか、リナさん」
「ふん、あんた、かりそめの身体で痛みなんか感じるわけ無いでしょうが。あたしはねえ、死にかけたのよ。盗賊いぢめの帰り道に、山火事に巻き込まれて焼死なんて冗談じゃないわ。あんた、あたしを殺す気だったの？」
「はい。僕の名前を呼んでくれなければ」
しれっとした顔で言う。
「それで……どうする気だったの」
「どうもしませんよ、普段の日常に帰るだけです。獣王様から言いつけられた仕事もたくさんありますし」
「死んだあたしを……忘れるつもりだったの」
ゼロスの紫紺の瞳が密やかな感情を映し出す。
「忘れるつもりでした」
こんどは、叩く気にもならない。呆然とゼロスの顔を見上げるあたしをからかうかのように、ゼロスはにこっと笑って言う。
「でも、僕を呼んでくれたでしょう？それに、僕を目指して走ってくれた」
「じゃあ、あの蒼い星って……」
「も・ち・ろ・ん・僕です」
ゼロスはあたしを抱き上げたまま、すうっと街の上空に着いた。そして、宿屋のあたしの部屋の開いたままの窓にこしかける。あたしはあわててゼロスの腕から飛び降りた。
「それでは、お姫様にささやかな魔法を……」
ゼロスがあたしの髪に触れると、煤と泥でぐちゃぐちゃになってたあたしの髪が、流れるような汚れのないストレートヘアに変わっていく。
軽く肩に触れるだけで、焼け焦げだらけだった服が、元通りになっていく。
「それから、これを」
森の中で捨てたマントだ。もちろん汚れもない。
「もう二度と、貴女を試すような真似はしません」
そう言い残して、ゼロスの姿は闇に消えた。
「あったりまえだーー！一度でもやるなーーー！！」
あたしの絶叫が彼の耳に届いたかは分からない。でも、きっとどこかで聞いているはずよ。
「ゼロスの馬鹿ーーー！すっとこ魔族！二度と遊んでやんないんだからね！ふーんだ！」
でもゼロスはあたしを殺す気だった。あたしがゼロスの名前を呼ばなければ。やっぱり、あいつは魔族なんだ。油断はできない…悲しいけれど。

窓の外には、山が見える。その中腹で、美しく燃える森……。



この小説は、東京スカパラダイスオーケストラの同名の曲から着想を頂きました。原曲を知ってる人は、蝶＝リナちゃん、主人公＝ゼロスのイメージを持っていただくと嬉しいです。
ねお☆ゼロリナ推進委員会さまに投稿させていただいた小説です。生まれて初めて書いた小説で、生まれて初めて書いたパロディです。ゼロスが鬼畜ですね。